異世界の住人

2.因縁の対決

「バケモノ…!」

ボッシュが叫んだその瞬間、リュウは我に返った。今しがた夢から醒め、前を見つめなおしたその両眼に映るものは…悪夢に現れた魔物。幼き日に見たそのままの姿で、リュウの前に鎮座している。あの時、確かにあの爪で引き裂かれたはず…? あれも夢だったのか? しかし、今俺はここにいる…。

「門を開いたからにはお前の役目も終わりだ…
世界はデスエバン様のものになる…
お前の開いた門から全ての滅びが始まるのだ!」

魔物が高らかに言い放つ。

「その手始めに、お前の命を頂こうか。
さあ、かかってこいリュウ!
今度は子供の時のように手加減はせぬぞ!」

言い終わるより早く、魔物は左腕を振りかざしリュウめがけて振り下ろす。素早く反応しリュウは後に跳ぶ。目の前を爪がかすめ、空を斬る音が聞こえる。

だが、それは魔物にとって読みの中にあった。振り抜いた左腕を切り返しなぎ払う。再び空を斬る音。しかし、今度のそれはより速く、より鋭く、しかも正確にリュウを追いかける。

それはリュウを捉え、狙いあやまたず腹を直撃する。痛い、そう感じる間もなくリュウはのけぞり、背中から地面に落ちる。背中をしたたかに打ち、身体中の息が押し出されてくる。咳き込みたくなる突き上げに堪えつつ、リュウは立ち上がろうとする。が、力が出ない。さっきの一撃が水月に入ったらしい。

「どうした、リュウ!? もうおしまいか?」

魔物が言い放つ。その言葉に反応するように、リュウは二本の足で立ち上がる。だが、まだ腹に残っているようだ。

「ゴホッ…さすがに今のは効いたぜ…。」

激しい息遣いと共にリュウがもらす。そして剣を抜き、構える。ここでやられるわけにはいかない、と自分に言い聞かせる。

「直接斬っても効きそうにない。だから、あいつの眼を狙う。ニーナ、ステン、援護してくれ」
「わかったわ」
「まかしてちょーだいっ、と!」
「いくぜっ!」

リュウは息を整え、魔物に向かって突き進む。その後から真空の刃と炎のつぶてが魔物めがけて放たれる。だが、魔物は意に介する様子もない。

魔物が胸を突き出すように大きく息を吸いこむ。一瞬のためのあと、口から炎を吐く。頬を焼くほどの熱気に視界が歪む。真空の刃も炎のつぶても炎に飲み込まれ、熱い流れがリュウを押し戻そうとする。迫り来る炎をかわし、リュウは地面を蹴った。眼の位置を捉え、剣を両手で握りなおし、全体重を乗せて突きだした。だが…

視界を何かが横切る。剣の切っ先が眼に届くかどうか、そのきわどいタイミングで突きは防がれてしまった。そして、固い殻に阻まれた剣はかわいた音を発して折れてしまった。力の流れを支えていたものが失われ、リュウの身体が沈む。追い討ちとばかりに魔物の左腕が振り下ろされる。

そんな危機に見舞われた中でも、この緊張感の中で研ぎ澄まされたリュウの感覚は冷静に自分の状態を見つめていた。宙を落ちつつも態勢を立てなおし着地する。着地と同時に素早く間合いを離し、追い討ちをかわす。

「それぐらいは御見通しってことか。なら、とっておきを見せてやる!」

柄だけとなった剣を捨て、リュウが叫ぶ。眼を閉じ、自分の心に語りかけるように瞑想する。

「ハァッ!」

拳法家のように身構え、気合いの一声を吐く。リュウの姿を象どるように霊気が立ち昇り、結界が広がるように膨れ上がっていく。それはやがて異形のものへと形を変え、消えた。

数瞬の沈黙。その後に現れたのは、魔物にも引けを取らぬ体躯を持った竜。知的な雰囲気を微塵も感じさせず、全てが敵を倒す事に傾けられた、一種異様な姿。その巨竜は間を空けることなく大きく息を吸いこみ、溜めを作る。口が明るく輝き、辺りを照らす。

一瞬震えた身体から、光が咆哮と共に放たれる。それは灼熱の炎や冷たく輝く息ではない。膨大なエネルギーを抱えこんだ、無数の光弾。それはレイが身命を賭して与えてくれた、破壊の力。竜族の最高の力の前に、守りなど通用しない。身構える魔物の防御を切裂き、光弾が襲いかかる。

叩きつけられた光弾が次々に弾け飛ぶ。息をつく暇も与えられない連撃に魔物の態勢が崩れる。だが、程なくして竜の攻撃は止んだ。それと前後して姿も陽炎のように消え、もとの青年の姿に戻った。

「ふははは…!」

魔物が笑い声を挙げる。

「おもしろい! おもしろいぞ!
私の前で泣きわめいていた子供がここまでの力をつけるとは!」

異形の者とはいえ、その語り口からは歓喜の感情が感じられる。

「そりゃあどうも。俺はもう、あの時の泣き虫じゃないぜ」

ふっ、と魔物が笑ったような気がした。

「どうだ、リュウよ。ここからはおまえ一人で私と戦うというのは?」

壊れる 壊されていく
幼い 時代の魔法が
君にはわかりかけている
臆病な自分を

from "Come on Everybody"
words by Tetsuya Komuro