4. 趣味と実益

太陽が照りつけるその下、四十ラング(四十三.二メートル)四方はあるだろうという国立軍学校の空き地にたくさんの人影がある。その人影は二人で一つの組を作り、剣を交えて稽古をしていた。各組には男が一人ずつ付いて二人の立ち回りを見つめ、時々叱咤や激励の声を稽古中の二人にかけている。そんな集団が空き地の方々に散らばり、盛んに木や金属がぶつかり合う音を立てている。

稽古をしているのはほとんどが男で、それも上半身裸になっている者が多いが、その中に女の姿も混じっているのが見て取れる。その動きは男たちに劣ることもなく、中には相手になっている男のほうが圧倒されている組さえある。

「止めっ!」

力強く、そして鋭い声が彼らの間を通り抜けていく。その声と共に、激しく打ち合う音は鳴りを潜め、皆が一斉に声の主のほうを向く。皆の視線の集まる先には、指導員のベルトラムが立っている。よく日に焼け、濃い髭をたくわえた顔についた目は老練な兵士であるという雰囲気を持ち、シャツから出ている腕に無駄な筋肉はついていない。

ベルトラムはシュヴァンツ国軍の士官だ。平民出身のたたき上げ軍人であり、年は既に四十を大きく超えている。他の多くの下士官と同じく、現場の兵士を指揮監督するのが仕事である。また、シュヴァンツには全ての男子と希望する女子に兵役の義務が課せられており、彼らを訓練するのもベルトラムのような下位の士官の仕事だ。

ベルトラムは腰に下げた袋から筒状のものを取り出した。それはすり鉢状のガラスを二つくっつけて中に砂を詰めたものだった。

「しばらく休憩にする。この砂時計の中身が全部落ちたら再会する」

その言葉と共に、今まで稽古をしていた者たちは暑さを避けるために回りにある木立へと向かっていった。

そんな彼らの中にあって目立つ容貌を持つ男がいた。背丈は周りより頭半分程度高いぐらい、腰の上まで達する白金色の髪を持ち、体格は剣の稽古をしているにしては細身、と今ひとつ頼りない印象がある。しかし、そんな特徴よりも彼を目立たせているのが、髪の間からのぞく尖った耳だ。それは彼がエルズニルであることをはっきりと示している。

彼の姿は、ベルトラムの目にも目立って映ったようだ。木陰に座って休みを取っているエルズニルのところへ近づいていく。彼の手には砂時計と共に愛用品のパイプが握られている。エルズニルのほうもベルトラムに気が付き、場所を空けて座りなおす。

「エルズニルが訓練を受けにくるとは珍しいな。」

そう言って空いた場所に腰を下ろす。

「よく言われます、ベルトラム隊長」

「ベルトラムでいい。しかし、エルズニルが参加するというのは、俺が知る限り八年ぶりだ。お前、名はなんと言う?」

「アルビスといいます」

「アルビス…か」

そこまで言ったところでベルトラムはパイプにタバコを詰めて火を点けた。一息ついて煙を吐き、言葉を続ける。

「なぜ、ここに来ている?エルズニルは武術よりも学問や魔術の類を好むと聞いているが…」

「勉強していると無性に動き回りたくなるんです。じっとしているのは性に合いません」

「…学院生か?」

「そうです」

「そうか…ますます珍しいな」

ベルトラムはしばらく広場の方を見て、それから手元の砂時計を見た。砂はもう九分方落ちている。

「お前には少し興味がある。この後は俺が相手をしよう」

アルビスが下宿に戻った頃には、日が落ちて空は赤く染まっていた。玄関の戸を開けて中に入ると、そこにはヴェラニルの男がいた。黒に近い茶色の髪に深い青色の目は、アルビスの白っぽい髪と明るく青い目とは全く対照的だ。部屋に戻ろうとしたところであるらしいその男は、アルビスの姿を認めるとその方向に向き直った。

「お、やっと帰ってきたな」

「ああ、今帰ったところだ」

「また剣の稽古か? いつも思うんだが、その情熱を勉強に向ける気は無いのか、アルビス?」

「…昼間も同じようなことを言われたよ、ウェイン」

またか、と言わんばかりのしかめっ面を背けてアルビスは答えた。ウェインは黙って一息ついたあと、ゆっくりと首を振ってアルビスを見た。口元が笑っているが、アルビスは気付かない。

「エルナだろう? あの娘も素直じゃないところがあるからな」

「どういうことだ?」

眉をぴくりと動かし、怪訝そうな顔をするアルビス。細めた目でウェインの顔を探るように見る。ウェインはまた一息、今度は見た目でもわかるぐらい力をこめてついた後、アルビスを指さして言った。

「この際だからはっきり言ってやる。エルナはお前に気がある」

二人の間に沈黙が流れる。アルビスはウェインの目を、ウェインはアルビスの目を、それぞれ見たまま固まっている。その沈黙を破ったのはアルビスの笑い声だった。

「冗談はよせ。そんなことがあるんなら、何であんな態度に出るんだ? 昼間のときだってそうだ。聞き返したらおもいっきり罵られたんだぞ?」

「今、俺が言っただろう? エルナは素直じゃない娘だ。お前には言いたくても言えない物がある…昼間あったことはよくわからないが、エルナはエルナで想う所があったんだろうよ」

「…言いたい事ってのはなんとなく理解した。だが、高々四年近くにいたぐらいでそういう展開になるってのは、理解できない」

「そうだろうな。俺にもわからないし。だけど、目の前の事実を否定することほど愚かなことはない、そうだろう?」

「…その通りだ」

学院で知った格言を持ち出されたアルビスはそれ以上の反論ができなかった。

「ま、明日からよく考えてみることだ。お前の得意なことだろう?」

それだけ言い残して、ウェインは部屋に戻っていった。

部屋に戻ったアルビスは、テーブルの上に剣を置きベッドの上に身を投げた。

今日はベルトラムに直接稽古をつけてもらったこともあり、いつもより疲れたような気がする。それに加えて、ウェインの言ったことが妙に頭に引っかかっている。そもそも、気があるというなら何で黙っているのだろうか? 素直でないというのはなぜか? 明日エルナに会ったらどんな会話をすればいいのか? ウェインに言われたことも含めて、いろいろな考えが浮かぶ。

だが、どれとして明確な考えは浮かばず、さらにはいつのまにかやってきた睡魔にかき消され、アルビスは眠りに落ちていった。